スタイルについて大いに語る

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以下は2009年11月3日から4日にかけて行われた寳樂圭氏のUSTREAM配信におけるチャットのログです。
「■」ではじまる文は、寳樂圭氏の発言を藤伸行の解釈で文字にしたものです。
書き起こしていない寳樂氏やそれに対する応答も多くあるので、詳しくは書き込み時間をたよりにUSTREAMの録画を再生して確認してください。


・■houraku/寳樂圭
chimayu/千葉まゆみ
kigaaimasun/三輪彩子
・stfuji/藤伸行
(寳樂、三輪の両氏はかの有名なアートイベントGEISAIの受賞経験者である)




12:15 stfuji: 「スタイル」についてフリートークのコーナーの時間です。
12:15 stfuji: はいどうぞ!


12:16 stfuji: スタイル〖style〗すたいる
12:16 stfuji: 5個人や集団などに固有の、考え方や行動のしかた。「ライフ―」
12:16 stfuji: 4文章や文学作品の表現形式。特に、文体。「独自の―をもつ作家」
12:17 stfuji: 3建築•美術•音楽などの様式。型。「前衛的―のビル」「演奏―」
12:17 stfuji: などです(大辞泉より)



12:17 ■スタイルはまだ固まっていない
12:18 ■日常のなかで消費されないようなものを考えている
12:18 ■特定の誰かに向けて作るほうが、表現が強い
12:19 ■「これ」を伝えたいという目的だけにとらわれすぎるとデザインになってしまう
12:20 ■誰に見せているかはっきりさせるために、UST、タンブラをしている
12:21 ■自己顕示欲。作品よりも俺を無視できなくしたい。
12:22 ■無根拠な自信。俺最強説。
12:22 ■他人の作品では満足できない。
12:23 ■無根拠な自信が自信なんだと友達にもらった自己啓発本に書いてたよ
12:23 stfuji: w


12:24 ■スタイルにとらわれすぎるといまできることがおろそかになる
12:25 ■いま描ける絵からしか考えられない
12:26 ■「カオス*ラウンジ(夏)」に出したものもそういうこと


12:27 stfuji: 「新田君が言ってたイラストレーション」とはなんですか?
12:28 ■それ以上でも以下でもない、商売になることがイメージできる絵
12:28 ■それに対して、アート的な要素というのは「よくわからなさ」のことではないか


12:29 stfuji: わかりすぎるというのは寳樂さんが「カオス*ラウンジ(夏)」に出した絵がですか?
12:30 ■そう。あの絵はタイトル通りでそれ以上でも以下でもない。
12:30 ■あのときはああいうことしか言えなかったということでもある。
12:31 ■反応は良くないけど自分では結構好き。
12:31 ■いままで自分が作ってきた流れのなかで見るとおもしろいんじゃないかと思う。
12:32 ■失敗してもいいという前提で、いままでとは違う描き方で描いた。
12:33 ■まわりは「カオス*ラウンジ(夏)」にいま描いているような絵を期待していたかもしれない。
12:34 ■ピクシブB5寳樂の感じからあれは予想しないはず


12:36 stfuji: カオスラウンジにはなぜ出すことになったのですか?
12:37 ■自ら手を挙げた。
12:37 ■最近はもたちゃん繋がりで知り合っているので平面の人とばかり出会う
12:38 ■そこではみんなに写真の人かなにかだと思われていた
12:38 ■なめるな。俺はそれだけじゃない、という思いがひとつ。
12:39 ■自分のやっていたことには写真だとも言い切れないジャンルの不安定さがある。
12:39 ■不安定なジャンルはいつがらくたになるかわからない怖さ
12:39 ■だから最近絵を描いているのは「絵」という王道さがうらやましかったこともある。


12:39 kigaaimasun: 私はホウラクさんに、特に「カオス*ラウンジ(夏)」において、何か具体的なものを期待したわけではありません。と、以前の感想に付け加えます。
12:40 kigaaimasun: 具体的なものというのは、例えば「今描いているような絵」ですね。




12:42 stfuji: 藤城嘘氏がピクシブ「anti-style」というシリーズを発表しています
12:43 stfuji: これをみてナイスコメントをどうぞ


12:47 ■「アンチ」の対象がないように思う
12:48 ■藤城君の絵に明確なテーゼが示されていない。雰囲気的な「アンチ」に留まっている。


12:44 kigaaimasun: 彼は、物事について「二律背反」という考えではないのだなと思いました。
12:46 kigaaimasun: しかし、「アンチ」と聞くと、私が思うことはどうしても「二律背反」です。
12:47 kigaaimasun: 高校のとき友人が「テーゼがあればアンチテーゼがあるのがあたりまえだ」と言っていたので、その印象が強いのかもしれません。
12:48 kigaaimasun: しかし、絵に依って「アンチ」を提唱するのであれば、何か「テーゼ」に当たるものが、あるはずですが
12:49 kigaaimasun: そこまで探る程、芸術学的な画面の変化は起きていません。
12:51 kigaaimasun: なので、芸術学的見地ではなく、美術技法に対する「アンチ」であるか美術史外の何ものかに対する「アンチ」であるとは、無理矢理には解釈できます。
12:52 kigaaimasun: しかし、漠然とした「テーゼ」に「アンチテーゼ」は発生できるのか、と問うと、自分的には微妙です。
12:53 kigaaimasun: それの根拠は先程述べた「二律背反」に依ります。


12:48 chimayu: 私が見た感じだと、美大の芸術祭に行って、
12:49 chimayu: 道すがらに見た「幼稚園児の絵」がよっぽどヤバかった、
12:49 chimayu: という感覚かと思います。
12:49 chimayu: 特にanti-style03にそれを感じる。
12:51 chimayu: 「幼稚園児の絵の方がよっぽどヤバイ」はtwitterにあった嘘君のポストから。
12:52 ■「子供の絵がやばい」なんて言っても仕方がない


12:53 chimayu: しかしこの場合「アンチテーゼ」ではなく「アンチスタイル」
12:53 kigaaimasun: では、スタイル、とは、何か。
12:53 chimayu: 様式。
12:54 kigaaimasun: 芸術学的見地ではなく、美術技法に対する「アンチ」であるか美術史外の何ものかに対する「アンチ」であるとは
12:54 kigaaimasun: <これは、スタイルと解釈できませんか。


12:54 ■「美術史外の何ものか」とはなんですか?
12:55 kigaaimasun: たとえば、市場?
12:55 kigaaimasun: アンチになっているかどうかは、ここでは言及したくありません。


12:56 chimayu: 嘘氏の絵が子供の絵を意識した事は推測ですが。
12:56 chimayu: 様式、スタイル、習慣化された手癖
12:57 chimayu: と対立するものとしての原始
12:57 chimayu: に限りなく近い発露
12:57 chimayu: と単純にとらえてました。私は。
12:57 ■子供の絵を意識して子供に勝てるわけないじゃん
12:57 ■自然に感動して自然を描くのも同じ


12:57 kigaaimasun: では、この場合仮に、「テーゼ」=「スタイル」とすると
12:58 kigaaimasun: 「スタイル」が明確でないという理由で、「アンチ」が成立していないと考えますか?
12:58 kigaaimasun: そういうわけではない?
12:59 ■藤城君のものはみんなの漠然とした意識に対するもので、アンチとして成立しない
1:00 ■子供の絵のなにがやばいのかに明確な自覚があればまた違う
1:00 kigaaimasun: なるほど、確かに、発表の場がピクシブであったという理由で、「集団意識」への「アンチスタイル(テーゼ)」であるとも解釈できます。
1:03 kigaaimasun: 前提を、ピクシブを一つの集合体として考えた場合とすると、基準が基準が違うので、そもそも「アンチ」として成り立たない、ということですか?
1:03 ■ピクシブという相手の土台に乗っかってやるならもっと上手くやらなければならない
1:03 ■たとえばランキングにのるとか
1:04 ■そうでないなら価値のある作品として成り立たない。
1:06 ■藤城君の絵を見ておもしろいと思うような人がピクシブにいるかもしれないので存在を知らせるという意味ではいいかもしれないが、
1:07 ■それも似たような人たちにアピールするだけで、新たな気づきがあるような作品ではない。





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1:06 kigaaimasun: では、価値が点在するポストモダンにおいては、そもそも「アンチテーゼ」とは、どうあるべきなのでしょうか?
1:06 kigaaimasun: 「アンチ」の対象を、どのように捕えればよいのでしょうか?
1:08 stfuji: ポストモダンというフレームで考えるとどんづまるような
1:08 chimayu: pxivは無意識の集合体ですから
1:09 kigaaimasun: そもそも、ポストモダンて「テーゼ」がないんじゃないのか!?
1:09 kigaaimasun: 「テーゼ」の不在、だよねww
1:10 stfuji: アート業界では現在はポストモダンってことになっているのですね
1:10 kigaaimasun: どうなんでしょう
1:11 kigaaimasun: 新しい世代の美術批評家の間とかではポストモダンなんですかね
1:11 stfuji: 社会学だと好んでは使いません
1:12 chimayu: まだ続いてるのかポストモダン
1:12 stfuji: ポストモダンって昔流行ったやつって感じだと思ってます
1:13 kigaaimasun: では、今は何ですか?
1:13 kigaaimasun: 「こちとらスキゾじゃねぇんだ」
1:13 stfuji: 単に、単語で言えば「後期近代」ですね。
1:14 chimayu: スキゾって、スキゾ/パラノ、のスキゾですか
1:16 stfuji: ポストモダンってようは、イメージだけど、価値観の話ですよね
1:16 chimayu: つhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311772738
1:16 chimayu: つhttp://wisteria-echuca.cocolog-nifty.com/satchyweb/2006/03/__879f.html
1:16 kigaaimasun: 「こちとらスキゾじゃねぇんだ」ツイッターでのはもちろん氏のポストですが、
1:17 chimayu: もちろんさんwww
1:17 kigaaimasun: スキゾ/パラノ、のスキゾだと思います。
1:17 chimayu: 意味が(文脈の)わからないwww
1:18 stfuji: トリエンナーレとかコミュニティアートってやつは
1:19 stfuji: アートの文脈ではなんなんですか
1:19 stfuji: なんすか
1:19 kigaaimasun: トリエンナーレって、ドコとかでは無く?
1:20 chimayu: 横浜以外にもいろいろありますが
1:20 chimayu: 横浜でいいんじゃないでしょうかまず
1:20 kigaaimasun: 地域復興じゃ・・・
1:20 kigaaimasun: 単純すぎるかしらww
1:20 chimayu: それもあるでしょう
1:20 stfuji: じゃあえちごつまりがいいです
1:20 kigaaimasun: 越後/妻有とか
1:21 kigaaimasun: あれは、半永久展示が多いんじゃなかったっけ・・?
1:21 chimayu: えちごつまり行ってないけど、
1:21 ■見ていない
1:21 kigaaimasun: 直島みたい
1:22 kigaaimasun: 訂正、直島のようだ
1:22 chimayu: えちごつまりの北川フラム(だっけ?)
1:22 chimayu: は、ファーレ立川もやってます。知ってるかもだけど。
1:22 stfuji: ファーレ立川わかります
1:22 chimayu: あれは完全に地域振興的では?
1:23 chimayu: あとは草の根運動
1:23 chimayu: 市民=個人レベルに普及させる目的とか
1:24 ■美術史やアートとしてどうこうとやっているのは少ないと思う
1:24 kigaaimasun: いやなんか普通に好きな作家の作品見に行く的な感じでしか行ってないからわからないw
1:24 kigaaimasun: すみません。
1:24 chimayu: 横浜トリエンナーレは新作見本市
1:25 chimayu: と捉えてます
1:25 chimayu: 第一回は好きで見に行きましたが
1:25 chimayu: それ以降は義務感で見に行ってます。
1:25 stfuji: おもしろいはなしです
1:25 stfuji: いまおもしろい
1:26 chimayu: 世界の動向(一部とはいえ)を直接見たい
1:29 stfuji: ポストモダン化しているからこそコミュニティーアートとか流行ってるんだと思っていましたが
1:29 stfuji: 作家が関心を持っていないのはおもしろいです